| 恵那山(前宮ルート) 2002年7月27日(土)(晴れのち曇り)二人(21~26℃) |
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| 恵那山(えなさん)は、長野県下伊那郡阿智村と岐阜県中津川市中津川にまたがる。最高地点の標高は2191mで、その南の一等三角点(点名も恵那山)の標高は2190.2mである。 胞衣山、與奈山、舟覆山、船伏山、横長岳、野熊山などといわれたりした。役行者によって開山されたという。谷文晁の『日本名山図会』では「惠奈山」と紹介されている。 日本百名山、花の百名山、一等三角点百名山、信州百名山、ぎふ百山などに選定されている。 |
| インターネットで、2001年10月13日の川上ウェストン公園のオープンに合わせて、前宮ルートが開かれたことを知った。伊勢湾台風の被害で廃道になっていた道である。かつてウェストンが歩いた道でもある。 2002年4月27には、地元の方によって、道標(看板)も設置されたとのこと。しかも行者越で役行者の石像が発見されたという。恵那山登山は、このコースに限るという思いで、出かけた。 いやになるほどのハードなコース。時間的に長く、しかも笹藪の道である。よりによって、いなり寿司と助六を車に置き忘れた。しかも長いコースなので水ももっと必要であった。空腹と喉の渇きがハードさを倍加させた。 平地では気温が高かったようで、鳥取では38℃近くもあったとのこと。35℃はざらであったようだ。 |
| 駐車場=06:13(685m) 恵那神社付近の窪地に車を停める。 そこから先は工事中のため進入禁止。 登山口まで1.2㎞である。 比較的若い単独の男性が 登山準備をしていた。 準備に手間取っているようで、 われわれが先に歩き出す。 登山口(749m)=06:30(750m)(21℃) 対岸=06:36 まだ朝が早いので誰もいないが、 堰堤工事をしている正ヶ根谷を 対岸に渡ったものの、 登山道が分からず、少し手間取った。 対東沢の手前に、崩れかかった 山腹の細い道がある。慎重に渡る。 霊仙山に行ったときは、 濡れていて滑りやすかったが、 この日は、道が濡れていなかったので、 まだましだった。 対東沢=06:57(865m)(23℃) 心明霊神の石碑は分からなかった。 最後の水場。対岸に渡って、 4、5段の木の梯子を登り、 尾根に取り付く。 やはり山腹の巻き道に、 細い道が何ヶ所か出てくる。 五合目=07:31~07:34(1115→1110m) (21℃) 1100m。 五合目の手前で空腹を感じてきたとき、 いなり寿司と助六を 車に置き忘れてきたのに気づいた。 五合目にたどり着いて、 家内にそのことを伝えると、 複雑な答え。食べ物は、 チョコレートパンが2つだけである。 しかも悪いことに、朝食もパンを ひとつと、おにぎり一つ食べただけ。 いつしか笹藪の道。 だんだん辛くなってきて、 どこかで引き返すことなども 考えたりした。 枯大桧=08:20(1400m)(21℃) 樹齢数百年という。 この辺りから立ち枯れの桧が見られる。 中の小屋跡(1550m) 休憩=09:13~09:18(1625m)(23℃) 中の小屋跡がどこか分からず、 通り過ぎてしまったようだ。 休憩をとる。チョコレートパン一つを 半分ずつにして、水で食べた。 八右衛門の頭=09:38~09:41 (1720m→1800m) 1801.5m、三等三角点、点名は空峠。 十三合目=09:49(1810m)(23℃) 物見松=09:52~10:03(1825m)(24℃) ここまでの笹藪の道の途中で、 静かな庭園のような地点が一ヶ所ある。 そこからは笹藪がなくなるものと 期待したのだが。 ここはピークなので明るい。 行者越=10:13~10:23(1850m)(23℃) 2002年5月12日に発見された、 弘化三(1846)年の役行者の石像。 岩稜にあって、一休みするのにもいい。 ゆっくりしてしまう。 十四合目 (空八丁) 辛い登りである。 再び空腹感が襲ってくる。 力が入らない。 我慢できず最後の食料を口にした。 帰りは我慢できるだろうという 甘い計算。 休憩=10:57~11:10(2005m)(23℃) チョコレートパン一つを 半分ずつにして、お茶で食べた。 2010m 十六合目=11:13(2020m)(22℃) 2015m。 残りの標高差は、200m足らず。 最後のがんばりだ。 道標=11:35~11:38(2100m)(21℃) 「落合」「恵那山」の文字。 落合は北方になる。 道があったんだろうか。 2127m 一ノ宮直下の標高地点だが、 分からない。 一ノ宮=11:47(2140m)(23℃) 祠。この山域で見た祠は、全て木製。 十六合目から予想外に近かったので、 ほっとする。 しかも神坂分岐もすぐだったので、 もう歩ききったという気持ち。 神坂分岐=11:53~11:55(2165m)(23℃) 小学生くらいの子供を二人連れた 親子4人が休んでいた。 前宮ルートでは、 誰一人出会わなかった。 件の単独の男性は まだわれわれに追いつかない。 ここからは登山者が多い。 景色も一変するが、 それを楽しむ余裕はない。 2182m=12:08(2180m)(23℃) 祠。周囲を見て回る。 祠(2191m)=12:12(2175m)(23℃) ここが最高地点か。 恵那山山頂小屋=12:13~12:20(2175m) (25℃) 比較的新しい小屋と少し離れた ところに大きな建物のきれいなトイレ。 座り込んでいると、疲れがどっと 出るのと同時に、帰りの水も心配。 登山者にそんなことを話していると、 家内がみっともないという。 そうかも知れない。 何とかやりくりするのも、 いい経験になるかも知れない。 恵那神社本社 祠には、おいしそうなスイカが 供えてあった。 祠の脇に、女神の石像がある。 伊弉諾尊か。 恵那山=12:26~12:33(2165→2190m) (25℃) 2190.2m、一等三角点。 役行者によって開山。 6時13分に歩き始めたから、 6時間15分で頂上。休み時間を 差し引けば歩行時間は5時間18分。 一休みして下山にかかる。 恵那神社本社=12:34~12:36(2200m) 女神の石像の写真を撮る。 恵那山山頂小屋=12:42(2170m)(23℃) 祠(2191m)=12:45(2200m) 最高地点。 2182m=12:48(2190m)(23℃) 祠。 祠を過ぎたところで、 恵那神社付近の駐車場で 登山の準備をしていた 件の男性がやって来た。 お互い気づいて、話をする。 彼は、前宮ルートを登りかけたけれど、 蜂がつきまとってきたので引き返して、 追分に行き、そこから登ったとのこと。 追分がどこか分からなかったが、 後で調べると、神坂峠の少し北に あって、車で神坂峠に向かう 途中にある。ここから歩いて 神坂ルートと合流する。 神坂峠から登るより、 30分ほど歩行時間が短くてすむ。 登り3時間半ほど。 神坂分岐=13:00(2175m)(21℃) ここまでは、一気に下ることが できたが、 その後は、笹藪の中で思ったようには、 はかどらない。徐々に辛くなってきた。 一ノ宮=13:50(2165m)(23℃) 祠。 2127m 十六合目=13:26(2030m)(21℃) 立ち止まると、立っているのが辛い。 歩いた方がまし。木にもたれかかって 家内が来るのを待ったりした。 2010m 十四合目 行者越=13:51~13:56(1875m)(23℃) 座り込んでしまう。 ここは、涼しくて気持ちがいい。 物見松=14:05(1850m)(23℃) 十三合目=14:08(1850m)(24℃) 八右衛門の頭=14:15~14:17 (1840→1800m)(23℃) 1801.5m、三等三角点、点名は空峠。 天気は下り坂。 腰がだるいので歩き方を考える。 腰を入れて、胸を張った感じで歩くと、 疲れがとれるような感じ。 それでも喉が渇く。もう水もわずかで、 五合目までは保たすことを考える。 立ち枯れの木が目立ってくると、 枯大桧がもうすぐ、 現れるのではないかと期待するが、 なかなか現れない。 中の小屋跡=14:51(1570m)(23℃) 登りには見逃したが、 家内が不動明王の石像を見つける。 枯大桧=15:01(1475→1400m)(℃) ほっとする。五合目までがんばれば、 後は対東沢までめどが付く。 水が飲める。 笹藪が少しずつ薄くなってくる。 五合目=15:35(1090m)(23℃) 家内に五合目に着いたと知らせる。 もう少しの辛抱。 ここで水を全て飲み干す。 といっても一飲みしかないが。 急な坂、細い巻き道を注意して歩く。 瀬音が近づいてくる。もう対東沢だ。 対東沢=16:05~16:15(840m)(25℃) 木の階段を下り、早速、 リュックをおろす。 そして何度も顔を洗い、 水をたらふく飲む。 そして水をペットボトルに満たす。 その後、しばらく座り込んでしまった。 登山口=16:40(750m)(26℃) 工事中で作業をしている横を通る。 朝、通った地点よりも、上流寄りが、 本来の渡渉地点だと分かる。 向こう岸近くに臨時の簡単な橋が かけてある。 舗装道路を延々と重い足を引きずって 歩く。 駐車場=16:57(675m)(26℃) 思う存分歩いた。 横になりたいほどだった。 ストレッチを入念にする。 12時36分に下山を開始したから、 4時間21分かかった。 休憩時間を差し引くと4時間4分。 予定時間からいうと、 下りの方が遅い。 原因は明白で、食料と水の不足。 (09:22/10:44) |
| 下山後、中津川の「長多喜」に泊まって、ゆっくりし、少し贅沢した。そして翌日、富士見台高原に行った。 |