| 【松阪市】 |
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| ➀堀坂山…三重県松阪市伊勢寺町と勢津町にまたがる。(2002/01) 堀坂峠から頂上に至るまでに、二ヶ所に大日如来の銅像が祀ってあり、最初の大日如来の左脇に約70cmの役行者の石像が祀られている。また二ノ峰の大日如来の手前にも約50cmの役行者の石像が祀られている。 |
| ②伊勢山上飯福田寺…松阪市飯福田町273。(2007/03) 真言宗醍醐派。薬師如来。 三重四国八十八ヶ所霊場第七十三番札所。 仁王門の手前の右に、苔むした役行者の石像が祀られていた。頭部は、お釈迦様かもしれない。耳たぶが大きい。右手におそらく錫杖、左手に経巻を持った倚像である。 薬師堂の中には、彩色された役行者の木像が祀られていた。右手に錫杖、左手に経巻を持った倚像である。【写真2】 また伊勢山上(飯福田山)の行場には、多くの役行者が祀られていた。表行場の薬師堂横の入山口から油こぼしに向かう途中に、役行者の小さな石像が、大きな石の上に祀られている。高祖神変大菩薩の札が置かれている。右手に錫杖、左手に経巻を持った倚像で、顔は細面である。【写真3】 油こぼしには、岩壁の下部と中程の二ヶ所に、それぞれ役行者の石像が祀られている。それらの役行者も右手に錫杖、左手に経巻を持った倚像で、丸顔である。ただし中程の役行者の表情の方が厳しい様相をしている。 また油こぼし上部の岩の上には、役行者の小さな石像と青銅像が祀られていた。それらも同様に右手に錫杖、左手に経巻を持った倚像である。青銅像の役行者は、とりわけ厳しく眼をかっと見開き、睨みつけたような表情をしている。【写真4】 その前後には行者越、岩屋本堂、行者岩などがある。 さらに元居ヶ原には、役行者の石像が二体と後鬼の石像が祀られている。役行者の石像一体と後鬼の頭部はない。【写真5】 裏行場の達磨岩には、役行者の青銅像が祀られていて、穏やかな顔をしている。右手は欠損しているが、左手に経巻を持った倚像である。【写真6】 獅子ヶ鼻には、役行者の石像が二体祀られていて、右側の石像の顔つきは、ふっくらとしている。【写真7】 以下に、松阪市教育委員会の説明板「飯福田寺の文化財」を紹介する。 本寺は、大宝元年(701)、役小角の開創と伝えられ、真言宗に属する。中世には、伊勢国司北畠家の祈願所として荘厳な伽藍を構えたというが、蒲生氏郷により堂宇は壊され、松阪城の用材に充てられたという。現在の本堂は、享保四年(1719)に再建されている。 伊勢山上 「伊勢山上」と称される飯福田山は、一志高原の北麓に位置する標高390メートル余りの山麓丘陵である。山内には、自然風化した巨大な露岩が奇岩、怪石、岩窟の様相を停止、絶妙の風光美を形成している。そのためこらい、修験道の霊場となり、岩屋本堂をはじめ鏡掛、蟻ノ戸渡りなど多くの行場がある。(以下略) |
| ③岡寺山継松寺…松阪市中町1952。(2000/04) 行基が天平十五年(743)に開山。 高野山真言宗。本尊は如意輪観世音菩薩。 俗に厄除観音といわれる。また日本最古の厄除霊場だという。 三重四国八十八ヶ所霊場第八十一番札所、伊勢西国三十三所霊場 第八番札所、東海三十六不動尊霊場 第二十六番札所、東海新西国霊場 第二十番札所。 松阪駅の近く(北西)にある寺で、厄除け観音で有名。本殿の左手の堂には弘法大師が祀られており、反対側の本殿の右手には小堂があって、玉眼の役行者木像が祀られている。右手に錫杖、左手に経巻を持った倚像である。【写真8】 岡寺山継松寺のホームページによれば、縁起は次の通りである。 【継松寺 開創の縁起】 当山に伝わる『継松寺儀軌』によると、聖武天皇の勅願により行基菩薩が創建しています。 東大寺建立の大事業が無事成功することを祈願するために建てられた寺院でした。 聖武天皇42歳の厄年の際に、ここのご本尊如意輪観世音菩薩を宮中にお奉りし祈願した後、再び当山に安置したことから厄除け観音としてこの地域の厄年の参拝者が多く訪れます。 後に洪水によりお堂は流失しますがその際に海中よりご本尊を拾い上げた二見の漁師であった三津五郎右衛門正信が弁財天のお告げを聞いて出家し継松法師となりお寺を再建したことから継松寺と名付けられるようになりました。 また弘法大師空海が当山に逗留した折に本尊の両脇に不動尊と毘沙門天を造り安置したと伝えられています。 元は石津にありましたが、慶長17年(1612年)松阪城主古田重治により現在地に移されています。 |
| 【名張市】 |
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| ①黄龍山延寿院…三重県名張市赤目町長坂755。(1999/04) 天台宗山門派。本尊は不動明王。 赤目四十八滝の入り口にある。 赤目まちづくり委員会による「延寿院」の説明。 本寺の創建は、かなり古く役行者の開基によるとされているが、平安時代の中頃(承保年間[1074~1076])僧正縁により行者ゆかりの赤目滝を発見され、河内国の僧延増が保安三年(1122)に建立したとされる。延寿院の前身は、青黄竜寺と呼ばれた。寛喜三年(1231)には、伊賀一国の納経所となって多くの参詣者が集まるところとして知られた。境内にある石灯篭は、旧国宝で現在は国の重要文化財に指定され、本堂の傍らに建つ十三重の石塔及び納経版木、宝印版木は、名張市文化財になっている。また、境内にある枝垂桜も樹齢およそ三百年以上であり、名張市文化財になっている。 |
| ②行者滝…三重県名張市青蓮寺、赤目町長坂。(1999/04) 赤目四十八滝の一つ。役行者が修行したと伝えられている。 |
| ③行者不動滝…三重県名張市青蓮寺、中知山。(1999/04) 香落渓にある滝。 |
