| 醍醐寺・岩間寺・石山寺 2001年11月23日(金)(快晴)二人(11~27℃) |
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| 醍醐山は、京都府京都市伏見区醍醐に位置する。標高は454mである。醍醐寺については、この項の末尾参照。 岩間山は、滋賀県大津市石山と京都府宇治市東笠取にまたがる。標高は443mである。岩間山正法寺(岩間寺)については、この項の末尾参照。 石山寺は、滋賀県大津市石山寺に位置する。詳細については、この項の末尾参照。 |
| 快晴で、紅葉狩りのハイキングに出かけた。京都の人出を避けて、比較的人の少ない醍醐寺・岩間寺・石山寺を歩く。 天気が良く、明るい田園を歩き、また暗い静かな林の中を歩き、楽しんだ。 |
| 地下鉄醍醐駅(30m)・・・・・09:33(50m) 醍醐寺総門・・・・・・・・・09:42(55m)(15℃) 醍醐三宝院・・・・・・・・・09:45~10:15 見学。庭園が現代的。 観光客がやはり多い。 桜の季節の人出にくらべれば、 静かなものである。 仁王門・・・・・・・・・・・10:18 五重塔などを見学。 不動堂の南東に 役行者の銅像が祀られていた。 上醍醐参道・・・・・・・・・10:38(75m)(13℃) 上醍醐に向かう人も多い。 無理をしつつも、 足早にどんどん登る。 女人堂(66m)・・・・・・・・10:40~10:43 一丁石。 不動の滝・・・・・・・・・・11:00~11:02(225m)(11℃) 向行者・・・・・・・・・・・11:17(395m)(13℃) 清瀧宮 醍醐水 准胝観音堂(410m) ・・・・・11:28(410m)(15℃) 五大堂・・・・・・・・・・・11:35(460m)(15℃) 分岐・・・・・・・・・・・・11:37~11:52(455m)(16℃) 昼食。 開山堂(450m) ・・・・・・・11:54(465m)(17℃) 醍醐山(454m)分岐。 ここから岩間寺方面に向かう。 黒出までまったく人がいなくなる。 静かな山歩きになる。 奥之院行場道分岐・・・・・・12:01~12:03(430m)(15℃) 車道(195m) ・・・・・・・・12:21(220→195m)(14℃) 黒出。 この先は、天気も良く、 ぽかぽかした暖かい田園風景の中を歩く。 清滝宮分岐(177m) ・・・・・12:30 こがねの里。 この辺りから道沿いに、三々五々、 昼食を摂っている人たちが見られる。 分岐・・・・・・・・・・・・12:34(195m)(27℃) 西笠取・稲出。東海自然歩道合流。 ここからは登り。 時々車が通るが、歩く人には出会わない。 霊杉(334m) ・・・・・・・・13:01(350m)(18℃) 夕映えの一本杉。笠取八景。 清滝宮・・・・・・・・・・・13:03~13:10 突然、知人から携帯電話。 分岐・・・・・・・・・・・・13:25(220m)(20℃) 東笠取・平出。 東海自然歩道と分かれて、近道に入る。 里に出る。 東海自然歩道合流 分岐・・・・・・・・・・・・13:40(340m)(17℃) 遠回りの奥宮神社経由の山道に入る。 若い女性の二人連れを追い抜く。 奥宮神社・・・・・・・・・・13:48~13:53(415m)(19℃) 清滝宮の奥ノ宮である。 ハイカーの男性二人がお参りしていた。 展望台には数人がいた。 またわれわれだけの世界になる。 東海自然歩道合流・・・・・・14:01(410m)(17℃) 分岐 岩間山(443m) ・・・・・・・14:05~14:50 岩間山正法寺。通称は岩間寺。 夢のように、急に人、人。 お参りしている人もいれば、 ハイカーもいる。 岩間寺信徒会館で、 割安な麦とろ御飯ときつねうどんを取る。 駐車場手前の分岐から NTT電波塔に登りかけてやめたが、 登ればそこが岩間山山頂。 関係者以外立ち入り禁止になっている。 駐車場先の分岐を入れば、 奥宮神社から来たときの岩間寺手前の 分岐に戻ることになる。 そのまま車道を下る。車は通るが、 歩いているのはわれわれだけ。 奥宮神社分岐(240m) ・・・・ 15:10 岩間橋(160m) ・・・・・・・ 15:19(185m)(15℃) 京滋バイパス。 北千町バス停・・・・・・・・ 15:35(145m)(17℃) 京滋バイパス(98m) ・・・・・15:45(120→100m)(15℃) 石山寺(88m) ・・・・・・・・16:00 石山寺は、観光客で人が多い。 入口まで少し見るだけにした。 後日訪れた。 石山寺山門前バス停・・・・・16:13(85m)(15℃)(28998歩) (04:51/06:40) |
| 【深雪山醍醐寺】…京都府京都市伏見区醍醐東大路町22。 真言宗醍醐派総本山。 当山派修験法頭。開祖は聖宝理源大師。開創は貞観16年(874)。上醍醐・准胝堂。 不動尊は「五大力不動明王」通称五大力さん、五大力明王の主尊。上醍醐五大堂に安置。木造座像。重要文化財。 醍醐寺のホームページ。 「平安時代の初期、聖宝理源大師は、自刻の准胝・如意輪両観世音菩薩を開眼供養し、醍醐寺開創の第一歩を上醍醐に標し、以来、醍醐天皇、穏子皇后の帰依のもと、上醍醐に薬師堂を建立、薬師三尊を奉安、鎮護国家のために五大堂を建て、五大明王を奉られました。(中略) さらに下醍醐に釈迦堂を建立し、山上・山下にわたる壮大な寺院計画がなされました。 醍醐天皇の願いは、朱雀天皇・村上天皇に受け継がれ法華三昧堂・五重大塔が建立され一山の尊容が整いました。 平安時代末には、白河上皇・源氏の帰依と共に多くの堂宇が建立され広大なる一山の整備がなされ、鎌倉時代になると真言宗事相の根本道場としてその権威を高め、同時に多くの密教芸術を生み出しました。南北朝には足利尊氏の帰依を一身に集めた賢俊座主、足利義満将軍率いる室町幕府において黒衣の宰相と言われ重んじられた満済准后、桃山時代の義演准后は、秀吉の帰依のもと「醍醐の花見」をもって一山を中興、江戸時代の高演座主は、修験道(山伏)3千名を伴い二度にわたる大峯山入峰をなし、修験道興隆を計る等々、歴代磧徳を迎え寺は護られて来ました。(以下略)」 真言十八本山第十二番。修験三宗(三本山)。三名塔(五重塔)。西国三十三ヶ所霊場第十一番。関西・神仏霊場会第百二十六番。西国薬師四十九ヶ所霊場第三十九番。近畿三十六不動尊霊場第二十三番。(2000/10、2001/11、2007/04、2017/04) |
| 【岩間山正法寺】…滋賀県大津市石山内畑町82。 通称は岩間寺。本尊は元正天皇御念持仏千手観世音菩薩。厄除け、雷除け、ぼけ封じの寺として有名。 ホームページの「岩間山正法寺縁起」によれば、由緒は次の通りである。 「養老六年(722)加賀白山を開いた泰澄大師が元正天皇の33歳の大厄の病を法力により治した褒美として建立したことに始まる元正天皇の勅願寺院である。往昔は後白河・後宇多・正親町天皇等歴代天皇の尊崇厚く熊野、吉野に並ぶ、日本三大霊場の一として隆盛していた。(以下略)」 西国三十三ヶ所霊場第十二番。ぼけ封じ近畿十楽観音霊場第四番札所。びわこ百八霊場第二番(湖西二十七古刹第二番)。(2001/11) |
| 【石光山石山寺】…滋賀県大津市石山寺 1-1-1。 東寺真言宗大本山。本尊は二臂如意輪観世音菩薩。 西国三十三ヶ所霊場第十三番。関西・神仏霊場会第百四十六番。びわ湖百八霊場第一番・湖西二十七名刹第一番。近江西国三十三所観音霊場第三番。関西七福神(大黒天)。(2017/01、2017/06) 石山寺のパンフレット。 大本山・石山寺/聖武天皇の勅願により天平勝宝元年良辨僧正によって開基され、歴朝の尊崇あつい由緒ある寺院である。西国巡礼十三番の札所。/本堂は縣下木造建築最古のもので、内陣は平安中期。外陣は淀殿の修補になるもの。/本尊観音は勅封になっている。/堂内「源氏の間」は紫式部が「源氏物語」を書いたところと傳え、本堂下の御堂は蓮如上人の母が石山観音の化身だといわれるので、その形見と傳える蓮如鹿の子の小袖を安置している。/多宝塔は美しい均斉美を持った鎌倉期の建築であり、鐘楼・大門は共に鎌倉初期の建立になるものである。/境内の奇岩はいわゆる石山の名の出た石で珪灰石からなり、天然記念物に指定されている。 「噫霊仙三藏」の石碑および「大唐醴泉寺日本國三蔵沙門霊仙碑」の碑文がある。碑文は以下の通りである。 大唐醴泉寺日本國三蔵沙門霊仙碑/大唐醴泉寺日本國三蔵沙門霊仙は南都興福寺の僧、/延暦廿三年最澄空海とあい次いで大唐留学生とし/て学ぶこと七年、憲宗皇帝元和五年勅命を受け蜀賓國三蔵般若等と大乗本生心地観経八巻を翻訳した。/般若三蔵は梵文を宣べ霊仙三蔵はこれを訳述した。/日本僧で三蔵と呼ばれこの大業を遂げたのは霊仙三蔵だけである然るに、霊仙の名は抹消されて一千年、偶然にも石山寺宝庫からこの原本が出現して、すべては解明されたが、歴史の一頁をかざるるべき偉業を後世に伝えようと仙台座主光遍大和上が残された「噫霊仙三蔵」の筆跡を石に刻んで記念とする/昭和五十五年十一月吉日/石山寺第五十一世座主大僧正鷹尾隆輝/(「霊仙山」滋賀県、参照) |