| Ⅱ 河内町公民館・鎌倉山行者道 2008年3月2日(日)(晴れ)二人(7~17℃) |
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| 鎌倉山行者道の再訪である。前回確認できなかった護摩堂(行者堂)、東の覗き、西の覗きの役行者像を確認した。 |
| 河内町公民館(115m)=12:18(117m) 駐車場。 登山口=12:29(111m)(13℃) 天理教の教会の脇に 「是より行者道」の石柱がある。 (ロングコース) 護摩堂(行者堂)=12:35~12:47(164m) (16℃) 護摩堂の左横に扉があって、 そこから中に入った。 役行者と前鬼、後鬼の木像が 祀られていた。 目と口をかっと開いた 痩身の役行者像である。 愛宕神社=12:48(180m)(16℃) 二行者石仏=12:49~12:53(190)(17℃) 不動明王=13:03(249m)(13℃) 普賢菩薩=13:07(233m)(12℃) ピーク=13:09(248m)(14℃) 割木谷分岐=13:12(236m)(14℃) 弥勒菩薩=13:19(298m)(15℃) ピーク=13:31(358m)(11℃) 釈迦如来=13:38~13:41(409→389m) 389m。 明楽寺分岐。鎌倉山へ。 鉄塔 普光寺分岐=13:43(360m)(11℃) 普光寺のショートコースとの合流点。 近道分岐=13:46(363m)(10℃) 大天井へ。近道は大天井を巻く道。 役行者=13:51~13:53(414m)(12℃) 大天井=13:58~13:59(461m)(12℃) 460.5m。 鉢尾峰。 近道合流 14:04(414m)(9℃) 近道分岐 14:08(445m)(9℃) 小天井へ。近道は小天井を巻く道。 小天井=14:09(459m)(10℃) 460.2m。 近道合流=14:11(448m)(9℃) 役行者=14:12~14:13(446m)(8℃) 大日如来(459m)=14:19(460m)(8℃) 普光寺・元宮分岐。 東の覗き下への入口=14:26(463m)(9℃) 東の覗き下=14:30~14:35 役行者の石像を探すが見あたらない。 不動明王の磨崖仏は線刻が 不鮮明でよく分からない。 あきらめて下ってきたのと 反対方向に上った。 東の覗き=14:37~14:38(391m)(11℃) よく見ると、打ち抜きの標識の真下に 役行者が祀られていた。 柳峠=14:48(299m)(9℃) 鉄塔=14:53(350m)(10℃) 368m 鉄塔=14:57(357m)(9℃) 孔雀明王=15:07(447m)(7℃) 鎌倉山=15:12~15:16(455m)(9℃) 452.2m、三等三角点。 法起菩薩。 望遠鏡だとか、展望図だとか かなり整備されていた。 去年の3月にきたときには 何もなかった。 西の覗き=15:20~15:25(396m)(8℃) 西の覗きの先端から 役行者が浮き彫りされた磨崖仏を見る ことができる。珍しい。 西の覗き下入口 西の覗き下=15:28(373m)(9℃) 西の覗き下入口=15:30(366m)(9℃) 鎌倉寺=15:33~15:35(365m)(8℃) 鎌倉神社。 下山口 萬度供養塔(明治三十九年)。 男性がいて、供養塔の写真を 撮っていると、 役小角を知っているかと 問いかけてきたので答えると、 それからなんだかんだと 話しかけてきた。 鎌倉山の法喜菩薩像の土台が 傾いてきたので、 午前中、補修作業を何人かで したのだという。 その帰りだとのこと。 望遠鏡だとか、整備をしたのは 去年の5月のことだそうである。 鎌倉山登山口=15:54(133m)(9℃) 普光寺分岐=16:10(127m)(11℃) 河内町公民館=16:15(120m)(11℃) 駐車場。 (03:17/03:57) |
鎌倉山
| 鎌倉山行者道 |
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| Ⅰ 普光寺・河内町公民館・鎌倉山行者道 |
| Ⅱ 河内町公民館・鎌倉山行者道 |
| Ⅲ 「行者道の案内、地図と「普光寺沿革」 |
| 鎌倉山(かまくらやま)は、兵庫県加西市河内町と佐谷町にまたがる。標高は452.2mで、三等三角点(点名は比延田)が設けられている。ふるさと兵庫100山に選ばれている。 普光寺にある「行者道の案内」とその地図、「普光寺沿革」の紹介については、この項の末尾参照。 標高は「行者道の案内」の地図に従った。ただし鎌倉山、大日如来、釈迦如来の標高は、2026年10月現在の地形図のものである。 |
| Ⅰ 普光寺・河内町公民館・鎌倉山行者道 2007年3月21日(水)(晴れ一時曇り)単独(8~21℃) |
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| 天気がよかったので、楽しい山歩きだった。東の覗き、西の覗きの下には役行者の像が祀られているらしいが、見過ごしたのは残念。 |
| 加西ICを下りて、河内町公民館に車を停める前に、蓬莱山普光寺に行った。天台宗の大きなお寺である。登山の案内所があって、地図などが置いてあった。 |
| 河内町公民館=12:30 駐車場。登山口を探すのに手間取る。 庭に出ていた主婦に聞く。 登山口=12:44~12:47(95m)(16℃) 天理教の教会の脇に 「是より行者道」の道標がある。 日が照っていて暑いので、 上着を脱いで歩き始める。 (ロングコース) 護摩堂(行者堂)=12:51(138m)(18℃) 内部はよく分からないが、 役行者が祀られているのだろうか。 愛宕神社=12:53(155m)(19℃) 二行者石仏=12:55~13:00(163m)(21℃) 両方ともにっこりしているが、 左はおちょぼ口、右はすまし顔。 右の額は青い。 ツツジが咲いていて春を感じる。 不動明王=13:07~13:09(225m)(19℃) 下って登り返すと、普賢菩薩。 普賢菩薩=13:12(208m)(16℃) ピーク=13:13(224m)(17℃) 割木谷分岐=13:16(214m)(19℃) 急な登りを慎重に登る。汗が出る。 昨日とは様変わり。 弥勒菩薩=13:22~13:23(275m)(12℃) 頂上に着くと、少し曇り模様で、 風が吹くと少し寒い。 ピーク=13:32(334m)(8℃) 釈迦如来(389m)=13:38(384m)(11℃) 明楽寺分岐。鎌倉山へ。 すぐ先に鉄塔がある。 普光寺分岐=13:41(358m)(10℃) 普光寺から登ってくる ショートコースとの合流点。 近道分岐=13:45(363m)(9℃) 大天井へ。近道は大天井を巻く道。 役行者=13:51(414m)(10℃) 「モナリザのほほえみ」を 浮かべたような顔。 大天井=13:53~13:55(461m)(10℃) 460.5m。 鉢尾峰。 単独の女性が昼食をして休んでいた。 相手が一人なので、 遠慮してそのまま先を進む。 近道合流=14:01(412m)(9℃) 近道分岐=14:04(443m)(11℃) 小天井へ。近道は小天井を巻く道。 小天井=14:06~14:18(458m)(10℃) 460.2m。 昼食を摂るために、上着を着ていると、 件の女性がやってきた。 小柄だった。彼女の話では普光寺で 私を見かけたという。 駐車場は同じで、 いわれてみてあの車かと思った。 彼女が去った後、サンドイッチを食べ、 しばらくして出発した。 曇っていて、けっこう寒いので、 上着を着たまま、 手袋もしたままで歩いた。 近道合流 役行者=14:20~14:23(445m)(11℃) 役行者の足下に 女性の写真が置かれていて、 風で飛ばないように石がのせてあった。 大日如来(459m)=14:29(460m)(13℃) 普光寺・元宮分岐。 手前で彼女の姿が見えた。 陽が差し、暑くなってきたので、 手袋を脱ぎ、上着のボタンも外した。 東の覗き下=14:38(379m)(14℃) 東の覗きの下に下りてみたが、 無理をせず引き返した。 岩の真下に行けば、 役行者の石像があったらしい。 残念。もう一度来なさいということか。 東の覗き=14:42(394m)(14℃) 柳峠=14:49(300m)(13℃) 鉄塔=14:54(349m)(14℃) 368m 鉄塔=14:59~15:00(355m)(13℃) 彼女が孔雀明王で 手を合わしているのが見えた。 孔雀明王=15:10~15:12(447m)(11℃) 一呼吸する。 鎌倉山=15:15~15:20(455m)(14℃) 452.2m、三等三角点。 法起菩薩。件の女性が休んでいて、 暑いらしくて上着を脱いでいた。 山の会でアルプスに行くので、 歩いているのだという。 神戸から来たというと、 六甲山にも行ってみたそうな話だった。 空気が澄んでいれば 船が見えると説明してくれた。 私が先に下る。 西の覗き=15:23(396m)(13℃) 西の覗きに寄って、先に進むと 西の覗きの下に向かう分岐があったが、 東の場合と同じだろうと思いパスした。 残念ながら、磐座には 役行者の像が刻まれているらしい。 鎌倉寺=15:26(359m)(11℃) 下山口=15:40~15:43(151m)(16℃) 萬度供養塔(明治三十九年)。 役行者と不動明王が彫られている。 田舎の風景を見ながら、公民館に向かう。 普光寺分岐=15:54(123m)(14℃) 河内町公民館=16:00(116m) 駐車場。 (02:51/03:30) |
| Ⅲ 「行者道の案内、地図」と「普光寺沿革」 |
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| 【行者道の案内】 鎌倉山は高くて美しく大きな岩座(いわくら)をもち近郷一円の水源でもあるため、ふるくから、神体山として賀茂郡(加西市と加東郡)の神々のふるさとと崇敬され神話や伝説に登場します。北条の住吉神社や社の佐保神社の神社記によればいずれも鎌倉山から降臨された神であると記されています。 鎌倉山に連なる峰々は明治三十五年(一九〇二)に大峯山を模して行者道が開かれ東南麓の行者道登り口を起点とし宝来山鎌倉寺(蓬莱山普光寺の奥の院)を終点とします。したがって現在地は途中の登り口です。行者道に合流して右折すれば起点に戻り左折すれば次のように終点に達します。 まず鉢尾峰(大天井)を経て「東ののぞき」に着けば岩座に役行者(えんのぎょうじゃ)像が安置されています。 柳峠を横切り鎌倉山頂に着けば法起菩薩(ほうきぼさつ)像が安置され周辺の広場はその昔護摩を焚いて雨乞いをした跡です。天候が良ければ南に広大な播磨平野が一望でき遠く明石大橋や瀬戸大橋も望めます。 東に下り「西ののぞき」抹香(まっこう)岩に着けば岩壁に役行者像が刻まれています。 やや引き返して下れば終点の宝来山鎌倉寺に着きます。寺伝によれば神亀六年(七二九)中衛大将藤原房前公の御願により徳道上人の開山と伝えられています。 |
| 【普光寺沿革】 当寺は天台宗に属し蓬莱山普光寺と称し比叡山を本山とする。白雉二年(西暦六五一)第三十六代孝徳天皇の勅願寺として法道仙人の開基である。播磨六山の一つとして栄え、将軍徳川家光公より寺領五十石の朱印を賜った。爾来世は移り変り幾多の盛衰はあったが、殊に昭和十三年一月七日、本堂、鐘楼堂等悉く焼失したのである。昭和十五年比叡山より新しく御本尊千手観音菩薩ををお迎えし、仮堂を建立し信仰の場としたのであるが、昭和四十四年五月十一日寺檀一致協力して再建に着手し、翌年四月二十六日落成したのである。構造は鉄筋コンクリートである。播磨西国第十七番亦加西々国第七番の霊場である。 |
