| はりま勝原・京見山・白毛山・英賀保 2015年10月13日(火)(晴れ)二人(18~24℃) |
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| 京見山(きょうみやま)は、兵庫県揖保郡太子町原、姫路市広畑区則直、勝原区熊見にまたがる。標高は215.7mで、三等三角点(点名は熊見)が設けられている。 白毛山(しらげやま)は、兵庫県姫路市広畑区西蒲田、揖保郡太子町原にまたがる。標高は215mである。 |
| 京見山は、地元の人たちに愛されている山のようだ。JR網干駅から京見山、白毛山、トンガリ山を登って、英賀保方面に下り、苫編山、鬢櫛山に登り返してJRはりま高岡まで歩き、姫路城見学するつもりであった。 しかし朝早く起きそこね、はりま勝原から登ったのはよかったが、トンガリ山で道迷いし、才の登山口に下るなか、疲れてしまって、英賀保に向かった。 姫路城に見学に行ったが、意外に時間がかかり、結局これでよかったようだ。平成の大修理を終えた姫路城は美しく、白鷺城といわれる由縁がよく分かった。 |
| JRはりま勝原駅(7m)=09:35(10m)(21℃) JR山陽本線。 網干駅から歩こうと思ったが、 遅くなったので、 はりま勝原駅からに変更。 改札を出たところに、 付近の地図が掲示されていた。 駅から京見山登山口への道が よく分かる。 トイレは南口を下りたところにある。 北口に下りて、西に向かう。 熊見公会堂 北に向かう。 京見会館=09:40(20m)(20℃) 東に向かうと、 すぐに山に入る道がある。 京見山登山口=09:41(20m)(20℃) 登山口に標識はない。 山道に入ってすぐの分岐を、 登りの道に向かう。 このあとも枝道では、 登りの方に進んだ。 七つ岩分岐=09:55~09:56 尾根休憩所=09:58(155m)(20℃) 視界が開け、西側の網干の町が 眼下に広がる。 京見山=10:06~10:08(220→215m) (21℃) 215.7m、三等三角点。 多くの中高年者が休んでいた。 地域の人たちのようで、 毎日のように登っているようだ。 一本松=10:15~10:18(180m)(19℃) 178m。 「一本松至才登山口1,100M」。 右に向かう道もあるが、 左の才登山口の方に歩く。 才分岐=10:21(150m)(18℃) 泣き坂峠=10:23(130m)(18℃) 泣き坂峠の名前の由来を記した 説明板が掛けられていた。 「泣き坂峠/秀吉の中国攻めの足掛りと する播磨平定は天正二年(一五七四) から天正八年(一五八〇)の長きに 渡った。/英賀城(京見山頂から見て 夢前川の河口より少し川上周辺。 城主三木通秋)が落城したのも この年代である。/女、子供、落武者が 悔い泣きながらこの山中を越え北の原村 方面へ落ち延びていったという哀しい 伝説がある。こゝはいつしか泣き坂峠と 言われるようになった。 /姫路歴史山の会」 原、才分岐。白毛山へ。 すぐに樹林が途切れ、 周囲の景色が見渡せるようになる。 186m =0:32(185m)(23℃) 四ツ塚古墳=10:35~10:38(170m)(21℃) 説明板。 「横穴式石室古墳/この周辺には古墳が 4基あり四ツ塚古墳と呼ばれている。 /6世紀から7世紀の古墳で室が片側に 広くなった片袖式とストレート式と 2種類がある。いずれも古代人の 力強さが、ひしひしと伝わってくる 古墳である。/古墳を大切にしよう /京見山愛好会」 185m=10:42(185m)(24℃) 東見晴台。この周辺は見晴らしがいい。 山火事の後であろうか、 焦げ跡が見られる。 分岐1=10:46(180m)(21℃) トンガリ山(近道)分岐1。 京見山才山5号墳 才小屋ヶ谷古墳。 204m=10:50(205m)(19℃) 才・トンガリ山分岐。白毛山へ。 白毛山=10:52~10:55(215m)(18℃) 215m。無線中継所。戻る。 204m=10:57(205m)(18℃) 才・トンガリ山分岐。 才・トンガリ山へ向かう。 才分岐2=11:01(165m)(19℃) トンガリ山(岩場コース)へ。 174m=11:02~11:06(175m)(21℃) トンガリ山(165m)への道が 分からなかったので、引き返す。 才分岐2=11:08(170m)(21℃) 才へ向かう。 白毛山分岐1=11:13(180m)(23℃) トンガリ山(近道)分岐と標示のあった ところで、登ってきた道に出会う。 185m=11:15~11:17 東見晴台。トンガリ山(近道)分岐まで 戻るが、道が分からない。 泣き坂峠から才に下ることにした。 185m=11:23 東見晴台。 泣き坂峠=11:36(130m)(21℃) 原、才分岐。才へ向かう。 疲れてしまったので、 苫編山に向かうのはあきらめて、 英賀保駅に下ることにした。 分岐=11:42(80m)(21℃) 右に向かう道があるが、直進。 トンガリ山分岐=11:46(60m)(21℃) 左の道がトンガリ山から下りてくる 道なのであろう。標識はない。 墓地=11:51(25m)(20℃) 登山口=11:52(20m)(21℃) 左に才団地公園がある。 左に進めば才天満神社。 南に向かい、道なりに東へ。 才公民館=11:58(10m)(23℃) 左に才天満神社が見えた。 才の地蔵=12:05~12:08(15m)(21℃) 説明板 「諸国巡拝の行者、玄達が地元の 有志の協力を得て、賽河原の地蔵尊に ちなんで天保2年(1831)8月24日に 造立したもので、高さ約3m。玄達は 天保11年(1840)10月までの生涯を 日夜この尊蔵(ママ)のために奉仕した という。/石工は塩市村(現在高砂市) の岸本伊兵衛。/姫路市教育委員会、 姫路西ライオンズクラブ」 才崎橋を渡ると、左手に苫編山登山口の ある本徳寺廟所を望む。 西蓮寺を経て英賀保駅へ。 JR英賀保駅=12:23(10m)(24℃) 姫路で、昼食をすませて、姫路城へ。 姫路城の見学は、思った以上に 時間がかかった。 姫路駅に着いたのが12時39分、 駅に戻ったのが16時26分であった。 (02:33/02:48) |