| 醒ヶ井・松尾寺山 2002年5月25日(土)(快晴)二人(21~27℃) |
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| 松尾寺山(まつおじやま)は、滋賀県米原市下丹生、上丹生、西坂にまたがる。標高は503.5mで、三等三角点(点名は上堂)が設けられている。松尾山ともいう。 |
| 快晴で雲一つ無い。暑くて大変かなと思ったが、上の方は、比較的涼しく感じた。 |
| 【松尾寺山の歴史】(林野庁、滋賀県の説明板) 松尾寺山は役の行者(役小角)が開いたと伝えられ、奈良中期には宣教が創立した霊仙七ヵ寺の一つとして松尾寺が作られました。平安前期には松尾童子が寺の興隆に力を注ぎ、山岳信仰の霊地として江戸中期まで栄え、坊は50にも達しました。 松尾寺には、御本尊飛行観音、影向石、役の行者の斧割水、鐘イリ場、一本橋、ハサミ岩、夫婦杉の七不思議が伝えられています。なた、鎌倉中期に建てられた石造九重塔は、国の重要文化財に指定されています。(【松尾寺の由緒】についてはこの項の末尾参照)(霊仙三蔵については【霊仙山】参照) |
| 醒井楼別館駐車場・・・・11:33(175m) 醒井楼別館右の舗装道路を歩く。 醒ヶ井登山口 右に入る道が荒れていたので、見送る。 暑くて、登りが億劫である。 二日酔いのせいもあるのかもしれない。 坊跡分岐・・・・・・・・11:41(225m)(27℃) かすかに読める標識から、 ここで右に入る。深くえぐられた道で、 車が入る。ガイドと違う道であることは 明らかであるが、 松尾寺跡へは続くはずだ。 米原工芸研究所・・・・・11:54(280m)(26℃) 分岐・・・・・・・・・・12:00(340m)(26℃) とにかく松尾寺跡へ向かう。 途中、車のエンジン音を聞く。 しばらくして車が停まっていて、 若い男性が昼食をとっていた。 そこに案内板があったが、 現在地が分からないので聞いてみると、 よく知らないが、 もう少し先が松尾寺跡だという。 一安心である。 山門のようなところを潜っていく。 六地蔵分岐・・・・・・・12:11(370m)(24℃) ここで前から来る道が ガイドにある道のようで、 帰りはそちらに下ることにして、 とりあえず左の松尾寺跡へ向かう。 松尾寺跡・・・・・・・・12:13~12:21(390m)(23℃) ゆっくり見学する。 影向(ようごう)石・・・12:25(410m)(23℃) 七不思議の一つ。 鉄塔・分岐・・・・・・・12:30(465m)(24℃) 鉄塔の少し先に分岐があって、 右に入ると頂上である。 共同アンテナ 琵琶湖を望むことができた。 松尾寺山(503.5m) ・・・12:32(475→505m)(23℃) 三等三角点。 とりあえず夫婦杉へ。 夫婦杉・・・・・・・・・12:33~12:35 二本杉。 二本だから夫婦杉? 共同アンテナ・・・・・・12:37~12:39(500m)(23℃) 松尾寺山(503.5m) ・・・12:42~12:45(505m)(22℃) 三等三角点。 写真を撮って下山。 時間が予定よりも早いので、 地蔵峠まで足をのばすことにする。 鉄塔・分岐・・・・・・・12:46 蔵王大権現・・・・・・・12:50 地蔵峠・・・・・・・・・12:56~13:20(465m)(21℃) 一本杉があって、その根元に、 大日如来の祠がある。 昼食にした。パンとコーヒー。 それに冷えたゼリー。 蔵王大権現・・・・・・・13:27(500m)(23℃) 鉄塔・分岐・・・・・・・13:30(505m)(21℃) 松尾寺跡・・・・・・・・13:38(430m)(21℃) ふたたび周辺を見渡す。 そして役小角の碑があるのを知る。 その上の方の岩が割れている。 その先に道があったので進むと、 ハサミ岩である。 ハサミ岩・・・・・・・・13:44 分岐・・・・・・・・・・13:49(410m)(21℃) ガイドブックに書いてあるように、 登ってきた道を見送って、 左の六地蔵への道をとる。 一本橋・・・・・・・・・13:51(410m) 道の真ん中に小さな石橋がある。 六地蔵・・・・・・・・・14:01(385m)(21℃) 一本杉・・・・・・・・・14:12(345m)(21℃) 一本杉を見落として、 道なりに左に下ってしまう。 北東にどんどん下る。 方向が違うので戻ることにした。 一本杉に気がついた。 根元に、地蔵さんが祀られている。 道は、草で分かりにくいところも あって、ちょっと不安になったりも するが、登ったり下ったりする。 木組みの橋・・・・・・・14:26(235m)(23℃) 木組みの橋・・・・・・・14:30(245m) 坊跡分岐・・・・・・・・14:32(270m)(23℃) やっと坊跡分岐に出る。 間違っていない。 それにしても道が草で 覆われているのは、 あまり人が入っていないと言うことか。 醒ヶ井登山口・・・・・・14:39(215m)(26℃) やはり最初に見送った分岐である。 醒井楼別館にある役行者斧割りの水を 見る。住職がいなくて、 飛行観音は見ることができなかった。 醒井楼別館駐車場・・・・14:48(205m)(26℃) (02:35/03:15) |
| 【松尾寺の由緒】 寺伝 本堂は普門山松尾寺という。松尾寺山は天武天皇九年(六八〇白鳳時代)に役の行者(役の小角)が難行苦行を求めて入山されたと伝えられる。後神護景雲三年(七六九奈良時代中期)に高僧宣教がこの松尾山霊山(霊仙山)辺りに七ヶ寺を建立したその一つで今日唯一残るのがこの当松尾寺である。 平安時代最澄(伝教大師)空海(弘法大師)と共に入唐し、日本僧として唯一人三蔵の号を持ち中国五台山に亡した霊仙和尚も当寺を修行の地とした。時を同じくして、元慶年間、役の行者の山間修行の遺風を慕い、この松尾寺の霊地をこよなく愛した、伊吹山寺の松尾童子がここに堂舎を起こして、寺の興隆に力を注いだ。江戸時代中期頃まではよく栄え、坊も五十に達して松尾寺村を形成し、石高六十余石の地であった。 江戸時代中期の明和頃から有栖川宮職仁親王に毎年ご祈禱礼と名産のお茶=松尾茶を献上していたという。 御本尊 御本尊は世にも珍しき十一面観音と聖観音の二体(秘仏)が雲の上に仲良く並んでおられ、来迎阿弥陀の変化したものであろう。俗に「空中飛行観世音菩薩」=「飛行観音」と称し、この本尊の名にちなみ、飛行機にかかわる人々の厚い信仰を得ている。 【「霊仙三蔵」慰霊の塚】 詳細は略すが、この塚は、一言で言えば、霊仙三蔵1200年忌をむかえて、霊仙の功を敬い、遺徳を偲び霊を慰めようとするものであるという。霊仙三蔵の経歴にも詳しい。(【霊仙山】参照) |