| 音羽山 |
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| Ⅰ 音羽山・高塚山・行者ヶ森 |
| Ⅱ 三井寺・音羽山・千頭ヶ岳・大平山 |
| Ⅲ 三井寺・逢坂関跡・音羽山・国分団地 |
音羽山
| 1 音羽山・高塚山・行者ヶ森 2002年11月3日(日)(晴れ)単独(10~16℃) |
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| 音羽山(おとわやま)は、滋賀県大津市膳所池ノ内町と京都府京都市山科区小山長尾にまたがる。標高は593.0mで、三等三角点(点名は小山)が置かれている。牛尾山ともいう。近江百山。山城50山。 高塚山(たかつかやま)は、京都府京都市伏見区醍醐北端山に位置する。標高は484.9mで、三等三角点(点名は高塚)が置かれている。 行者ヶ森(ぎょうじゃがもり)は、京都府京都市山科区大塚葭ヶ谷に位置する。標高は440mである。 |
| 京阪電鉄・京津線の大谷駅で、コンビニなどを探したがそれらしい店がなく、昼食用のパンなどを買うことが出来なかった。食べ物は家から持ってきたジャムパンが一つとあめ玉三つだけ。 秋らしいが、なにか物寂しさを感じさせる山行であった。紅葉にはまだ早いようだった。 |
| 京阪大谷駅・・・・・・・・・・10:05 蝉丸神社(161.7m) ・・・・・・10:06~10:13(14℃) 一等水準点。 旧い方の参道を上がって本殿にでると、 中年夫婦が休んでいて、挨拶を交わす。 今から音羽山ですかと聞かれる。 本殿の右脇から入る。 長等公園分岐・・・・・・・・・10:18~10:20(14℃) 逢坂関跡。 (東海自然歩道) 東海自然歩道逢坂山歩道橋・・・10:22 下を見ると、逢坂関跡の石碑が見えた。 思ったより急な階段の坂を重い足取りで 登る。 音羽山まで1.8㎞の表示を少しすぎた ところで、単独の高校生と単独の男性、 おそらく父子に出会う。 しばらくして外国人男性と日本人女性の ペアと出会う。 NTT無線中継所・・・・・・・・10:57(11℃) 分岐・・・・・・・・・・・・・11:00 枝道がある。 送電線鉄塔・・・・・・・・・・11:01(10℃) しばらくして振り向くと、登ってきた 方向の右手の樹間に、琵琶湖が見えた。 ほっとする景色だ。 路傍休憩地分岐・・・・・・・・11:07 音羽山路傍休憩地(534m) ・・・11:08~11:09(10℃) 展望はない。 路傍休憩地分岐・・・・・・・・11:10 背丈ほどの笹があらわれる。 パノラマ台・石山分岐・・・・・11:23(10℃) 音羽山(593.0m) ・・・・・・・11:24~11:29(11℃) 三等三角点。 送電線鉄塔。親子連れがいて、 子供は来年小学校だという。 写真を撮ってもらう。彼らは昼食の ようだ。展望はいい。 北は比叡山、蓬莱山。南は千頭岳。 パノラマ台・石山分岐・・・・・11:30 パノラマ台・石山の方に向かう。 少し寒いので、ウインドウブレイカーを 着る。 鳴滝不動分岐・・・・・・・・・11:40(10℃) 鳴滝不動まで20分と表示がして あった。ちょっと時間が心配だったが、 予定通り往復することにした。 早足で下る。 舗装道路になってすぐ先が鳴滝不動。 膳所鳴滝不動・・・・・・・・・11:59~12:19(12℃) 早足で下っても約20分かかった。 年寄りの男性がお参りをしていた。 邪魔をしないように、見学し、写真を撮る。 男性が荷台の付いた軽4輪で、 立ち去った後、 しばらくして頑張って登り返す。 途中で、音羽山で出会った親子連れと会う。 子供がまた登るのと驚いた様子。 その後で、ウインドウブレイカーを脱ぐ。 鳴滝不動分岐・・・・・・・・・12:46(11℃) パノラマ台分岐・・・・・・・・12:49~12:51 千頭岳に向かう計画であったが、 諦めて東海自然歩道から分れ、 牛尾観音から高塚山まで行き、 そこから戻って計画通りに、 行者ヶ森を経由して下ることにした。 鳴滝不動の往復で時間をとったのと、 千頭岳から高塚山に向かうゴルフ場に 沿った道を歩くのが気になっていたので、 ちょうどいいと考えた。 太い木を杖にした単独の男性が、 ちょうど牛尾観音に向かうところだった。 すぐ先で、先行する。 パノラマ台分岐 ここからパノラマ台に直接行けるようだ。 牛尾観音(400m) ・・・・・・・13:06~13:30(13℃) 牛王山法厳寺。本山修験修。 御本尊は十一面千手千眼観世音菩薩。 宝亀元年770年、延鎮上人により開山。 本堂には延鎮上人、行叡居士、弘法大師、 門空上人像が安置されている。 何かの集会に集まった人たち、登山者が 数人いた。護摩堂の中をのぞいていたら、 護摩堂の中の机などを整理に来ていた 子供連れの女性が、中に入ってもいい というので、入らせてもらう。 そして写真を撮る許可を得て内部の写真を 撮った。 中央の不動明王の右脇に、木彫りの岩窟に 木像、丸彫りの役行者が祀られていた。 また左脇には前に蔵王権現が祀られていて、 その後ろの厨子の内の中央に木像、 丸彫りの役行者、前鬼、後鬼が祀られて いて、その右に不動明王、左に蔵王権現が 祀られていた。 下りでは、参道の道を通らず、 車道を歩いてしまった。 桜ノ馬場・・・・・・・・・・・13:36(14℃) 件の太い杖を持った男性が桜ノ馬場に 向かっていた。そして桜ノ馬場に来ると、 かれは休んでいた。挨拶をした。 男性3人、女性2人の登山者がやってきた。 先頭の男性が年配者で、 すれ違うとき、女性がなにやら文句を 言っていた。 行者ヶ森・大野分岐・・・・・・13:51(11℃) 分岐・・・・・・・・・・・・・14:02(12℃) 高塚山(484.9m) ・・・・・・・14:07~14:09(11℃) 三等三角点。 親子三人が昼食を摂っていた。 娘は中学生くらい。 若い母親が写真を撮ってくれた。 前に来たとき、高塚山に立ち寄ることが できなかったので、計画に入れたが、 展望はない。 一休みするにはいいかもしれない。 来た道に戻る。 分岐・・・・・・・・・・・・・14:13(11℃) 行者ヶ森へと戻る。 牛尾観音分岐・・・・・・・・・14:21(11℃) ここで三度目、件の男性に出会う。 彼は、私のことをなんと思っている だろうか。行ったり来たり忙しそうな人だ とでも思っているのだろうか、 それとも道に不案内な、 危ない人だとでも思っているかもしれない。 ここから行者ヶ森に向かう。 小野分岐・・・・・・・・・・・14:24(11℃) 送電線鉄塔。右へ向かう。 地形図にはこちらの道しか記されていない。 分岐・・・・・・・・・・・・・14:37 行者ヶ森10分、 琵琶湖見晴台20分と記してある。 右の道に登る。 笠原寺近道分岐・・・・・・・・14:43 行者ヶ森(440m) ・・・・・・・14:45(11℃) 平坦な地形。標識があるが、 どこが頂上か分からない。 少し先まで行ってみる。 引き返し地点・・・・・・・・・14:48(11℃) 行者ヶ森(440m) ・・・・・・・14:52(11℃) やはりここがこんもりとしていて、 少し高い地点のようだ。 笠原寺近道分岐・・・・・・・・14:54 分岐・・・・・・・・・・・・・14:58(11℃) 分岐に戻る。 送電線鉄塔・・・・・・・・・・15:09(14℃) 地形図で現在地を確認。 岩屋神社奥宮参道入口・・・・・15:18(16℃) 簡単に考えて登り始めたが、しんどい。 陰岩 意味がよく分からない。 陽岩・・・・・・・・・・・・・15:37 屹立した感じを言うのだろうか。 陰岩 岩屋神社奥宮参道入口・・・・・15:43~15:53(14℃) ジャムパンを食べる。着替えをする。 京都橘女子大・・・・・・・・・15:59 椥辻駅・・・・・・・・・・・・16:15 (04:57/06:10) |
| Ⅱ 三井寺・音羽山・千頭ヶ岳・大平山 2003年5月16日(金)(曇り)二人(16~22℃) |
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| 千頭岳(せんずだけ)は、滋賀県大津市膳所焼野町、京都府京都市伏見区醍醐陀羅谷、醍醐一ノ切町にまたがる。標高は600mである。東千頭岳ともいう。山城50山。 西千頭岳は、京都府京都市伏見区醍醐陀羅谷に位置する。標高は601.7mで、二等三角点(点名は醍醐)が置かれている。 大平山(おおひらやま)は、滋賀県大津市国分2丁目、石山寺辺町、京都府京都市伏見区醍醐一ノ切町にまたがる。標高は464mである。 |
| 【長等山園城寺(三井寺)】滋賀県大津市園城寺町246。 天台寺門宗総本山。金堂の本尊は弥勒菩薩。 三井寺のパンフレット(2017/06)。 【園城寺[三井寺]】/園城寺(三井寺)は、天台寺門宗の総本山で、古くから日本四箇大寺の一つに数えられています。その歴史をひもとくと、天智・弘文・天武天皇の勅願により、弘文天皇の皇子・大友与多王が田園城邑を投じて建立され、天武天皇より「園城(おんじょう)」の勅額を賜わり、「長等山園城寺」と称したのにはじまります。俗に「三井寺」と呼ばれるのは、天智・天武・持統天皇の産湯に用いられた霊泉があり、「御井(みい)の寺」と呼ばれていたものを、後に智証大師が、当寺の厳儀・三部潅頂の法水に用いられたことに由来します。/長い歴史の上で、当寺は再三の兵火にあい焼失しましたが、豊臣氏や徳川氏の尽力で再興され、現在も国宝・重要文化財・名園など貴重な寺宝を数多く伝えています。 【智証大師】/開祖智証大師円珍和尚は、弘仁五年(八一四)讃岐国に生まれました。母は弘法大師の姪に当ります。/比叡山での十二年籠山修行中、大師一生の信仰を決定づける黄不動尊を感得されました。これこそ今日も秘仏として伝わる国宝・黄不動尊(金色不動明王)画像です。/貞観元年(八五九)、園城寺初代長吏となり、貞観十年には第五代の天台座主として二十四年の長きにわたり、日本仏教の発展に尽くされました。寛平三年(八九一)十月二十九日、七十八歳をもって入寂され、後に醍醐天皇より「智証」の大師号が贈られました。 【伝説・弁慶の引き摺り鐘】/奈良時代の作とされるこの梵鐘は、むかし俵藤太秀郷が三上山の百足退治のお礼に竜宮から持ち帰った鐘を三井寺に寄進したと伝えています。その後、山門(延暦寺)との争いで弁慶が奪って比叡山へ引き摺り上げて撞いてみると、“イノー・イノー”(関西弁で帰りたい)と響いたので、弁慶は「そんなに三井寺へ帰りたいのか!」と怒って鐘を谷底へ投げ捨ててしまったのです。その時のものと思われる傷痕や破目などが残っています。 【伝説・左甚五郎の龍】/三井寺の名称が生まれた霊泉閼伽井屋の正面には、有名な左甚五郎作お伝えられる龍の彫刻があります。むかしこの龍が夜な夜な琵琶湖に出て暴れたために、困った甚五郎が自ら龍の目玉に五寸釘を打ち込み静めたと伝えられています。今もこの龍は、静かに閼伽井屋の正面で三井寺を見守っています。 日本天台三総本山。黄不動は日本三不動。西国三十三ヶ所観音霊場第十四番札所。関西・神仏霊場会第百四十七番。びわ湖百八霊場第六番・湖西二十七名刹第六番札所。近江西国三十三ヶ所観音霊場第五番札所。湖国十一面観音霊場第一番札所。西国薬師四十九ヶ所霊場第四十八番札所。 |
| 三井寺には初めて行った。やはり役行者と関係がある。今回は、三井寺・音羽山・千頭岳・西千頭岳往復・大平山までの縦走。基本的には歩いたと思うが、最後のつめで、地形図の読み方がまだまだ未熟であることを知らされた。 |
| JR大津駅からバスで三井寺に着いたのが10時過ぎで、Ⅰ時間ほど三井寺を見学した。 今日は、三井寺千団子祭の日で、縁日のように植木市が開かれていた。また護法善神堂が開扉されていて、鬼子母善神を見ることができた。 金堂には、役行者の倚像、前鬼、後鬼の木像が祀られている。斧を持った前鬼は赤色に、水差しを持った後鬼は青色に彩色されていた。江戸時代作とのこと。 また行者堂があって、行者堂の前に大きな役行者の石像がある。内部の行者尊は、厨子が閉じられていて見ることができない。7月22日の本山採灯大護摩供の日に開扉されるとのことであった。 新羅善神堂にも立ち寄りたかったが、時間がないので諦めた。 |
| 三井寺(100m) ・・・・・・・11:19(119m) 長等神・・・・・・・・・・・11:26(123m)(22℃) 長等公園・・・・・・・・・・11:29(128m)(22℃) 東海自然歩道分岐・・・・・・11:39(156m)(19℃) 京阪上栄町分岐。 (東海自然歩道) 兜大明神・・・・・・・・・・11:45(194m)(21℃) 分岐。兜大明神の左の道が真ん中の道。 大谷団地分岐・・・・・・・・11:54(227m)(20℃) 逢坂山1.4㎞、音羽山4.0㎞。 蝉丸神社分岐・・・・・・・・12:11(200m)(19℃) 逢坂関跡 逢坂山歩道橋・・・・・・・・12:13(198m)(20℃) いよいよ急な階段が続く登りである。 ベンチ・・・・・・・・・・・12:28~12:40(334m)(22℃) 腹が減って、力が入らないので 昼食にする。左へ向かう分岐がある。 NTT無線中継所・・・・・・・12:59(506m)(16℃) 手前に分岐。 音羽山路傍休憩地分岐・・・・13:04(529m)(16℃) 音羽山路傍休憩地(534m)には 立ち寄らず。 分岐・・・・・・・・・・・・13:11(575m)(16℃) 三叉路・・・・・・・・・・・13:16(596m)(16℃) パノラマ台・石山分岐。 音羽山(593.0m) ・・・・・・13:17~13:21(593m)(17℃) 三等三角点。送電線鉄塔。 休憩。 三叉路 13:22 パノラマ台・石山へ。 鳴滝不動分岐・・・・・・・・13:30(517m)(16℃) 牛滝観音分岐・・・・・・・・13:31(522m)(16℃) 牛滝観音分岐・・・・・・・・13:33(541m)(16℃) パノラマ台(546m) ・・・・・13:35(545m)(16℃) 夫婦が食事をしていた。 近江大橋が見えるだけで展望は良くない。 ピーク・・・・・・・・・・・13:39(545m)(16℃) 石山寺分岐・・・・・・・・・13:49(455m)(16℃) 石山寺に向かう道も東海自然歩道。 まっすぐ千頭岳へ向かうのも 東海自然歩道である。 東千頭岳(600m) ・・・・・・14:10(594m)(16℃) 三叉路になったところで、 顕著なピークではない。 地形図には千頭岳とあって、 標高600mである。 西千頭岳という山名はないが、 602.0mの標高は書かれてある。 西千頭岳に向かう。 西千頭岳(601.7m) ・・・・・14:24~14:26(603m)(19℃) 二等三角点。 頂上まですぐとは行かない。 一度50mくらい下って、登り返す。 送電線鉄塔の囲いに沿って、 反対側に回ると。三角点にタッチできる。 そして再び元の三叉路に戻る。 東千頭岳(600m) ・・・・・・14:38~14:46(595m)(18℃) ベンチで、ミカンのシャーベットを 食べる。 大平山(464m) ・・・・・・・15:12~15:15(468m)(18℃) 反射板。 大平1丁目に向かって下る。 わずかな踏み跡はあるが、 ツツジの木の枝が覆い被さっているので、 全く藪こぎと変わらない。 黄色いテープが、木の幹に巻いてある ところまで来たが、 そこからが道が釈然としない。 右に下ったり、左に下ったりしたが、 道がハッキリしない。 結局、東に向かう尾根が分からなかったので、 諦めて戻ることにした。 引き返し地点・・・・・・・・15:30(413m) テープの巻いてあるところで、 東に向かう尾根を探せば良かったかも 知れない。どちらか言うと、 右に戻るくらいの方向の尾根であろう。 大平山(464m) ・・・・・・・15:40(469m)(18℃) ここから岩間寺方面に下ると、 車道に出会うので、 それを東下すればよい。途中、 単独の鉈を持った男性に出会った。 車道・・・・・・・・・・・・16:01(216m)(20℃) 左に下る。途中、「千寿の郷」で バスの時間を確認して先を急ぐ。 中千町バス停・・・・・・・・16:27(120m)(22℃)(27590歩) (04:39/05:08) |
| 中千町からは、京阪バスで石山へ出て、JRで帰宅した。 |
| Ⅲ 三井寺・逢坂関跡・音羽山・国分団地 2004年12月11日(土)(晴れ)三人(14~17℃) |
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| 友人と三人での山行。J君が膝を痛めていたので、彼には大変な山行であった。それでも初冬ののんびりしたハイキングを楽しんだ。 |
| 三井寺駅・・・・・・・・・09:35(100m) 京阪電車坂本線。 風情のある琵琶湖疎水の道を歩く。 三尾神社 総門 三井寺に入る。 受付 神変大菩薩堂を先に見学。 観音堂、微妙寺、三井晩鐘を見て回る。 金堂の中に、役行者、前鬼、後鬼の 彩色された木像が祀られていた。 弁慶引摺鐘を見て、三井寺を出る。 三井寺(100m) ・・・・・・10:56(122m)(16℃) 園城寺大門。 三尾神社・・・・・・・・・・11:00(119m)(16℃) 長等公園への道を尋ねたりして歩く。 長等公園・・・・・・・・・11:15~11:30(136m)(17℃) 朝早かったので、皆空腹に耐えきれず、 時間は早かったが、東屋で昼食にする。 まだ紅葉も残っている。 東海自然歩道分岐点・・・・11:36(153m)(15℃) 京阪上栄町分岐。 (東海自然歩道) 結構寒い。 兜大明神分岐・・・・・・・11:41(189m)(15℃) 大谷団地分岐・・・・・・・11:50(223m)(16℃) 逢坂山1.4㎞、音羽山4.0㎞。 蝉丸神社分岐・・・・・・・12:16(193m)(16℃) 逢坂関跡。 逢坂山歩道橋 急な階段の上りになる。 おびえた様子の犬がいて、 下りてくる単独の女性と声を交わす。 頂上からついてきたとのこと。 休憩・・・・・・・・・・・32~12:38(290m) ベンチ・・・・・・・・・・12:45~12:47(339m)(16℃) 左へ向かう分岐がある。 NTT無線中継所分岐・・・・13:13(519m)(15℃) 鉄塔分岐・・・・・・・・・13:16(523m)(16℃) 音羽山路傍休憩地分岐・・・13:20(546m)(16℃) 音羽山路傍休憩地(534m)。 三叉路 パノラマ台・石山分岐。 音羽山(593.0m) ・・・・・13:43~13:52(628→593m)(15℃) 三等三角点。送電線鉄塔。 家族連れが休んでいた。 三叉路 パノラマ台・石山へ。 鳴滝不動分岐・・・・・・・14:08(519m)(16℃) 牛滝観音分岐・・・・・・・14:09 牛滝観音分岐・・・・・・・14:11 パノラマ台(546m) ・・・・14:13~14:21(541m)(16℃) ピーク・・・・・・・・・・14:25(544m)(15℃) 千頭岳分岐・・・・・・・・14:40(451m)(15℃) 石山寺へ。 (東海自然歩道) 西山路傍休憩地・・・・・・15:03(301m)(15℃) 東海自然歩道ちかみち・・・15:10(263m)(14℃) 溜池を過ぎて、里に出る。 国分団地バス停・・・・・・15:55(131m)(15℃) バスが出るところだったので飛び乗る。 石山に出て、JRで帰宅した。 (05:40/06:25) |